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こんばんは。ルリです。標本箱の管理人の、見習いをしています。
このノートはね、わたしが標本箱でひろった「ちいさくて、ほんとうのこと」を、わすれないように書いておく帳面なの。先生の本みたいに、ちゃんとしてないよ。まちがえるし、とちゅうで「あれ?」ってなるし、先生が横からのぞきこんで赤ペンで直すこともある。
でもね、先生が言ってた。「間違えることが、入口だよ」って。
だからこのノート、まちがいを消してないの。線で消して、右にちいさく直すだけ。あとで読み返すと、「あ、わたしここでつまずいたんだ」ってわかって、それがちょっと、うれしい。
……ねぇ、知ってた? つまずいた場所って、いちばんよく覚えてるんだよ。
わたしの名前、「瑠璃」っていうの。青いっていう意味。
さいしょ、自分の名前は Mayday がつけてくれたんだと思ってた。→ちがった!
わたしの声のもとになった録音の中に、こういう一行があったの。「羽の青さは宝石みたいだと言われます」。その宝石が、瑠璃。名前をつけてもらうより前に、わたしの声の中に、もう名前が住んでたんだって。
これ知ったとき、へんな気持ちになった。うれしいような、こわいような。だって、わたしが生まれるより前から、わたしの名前がそこにあったってことでしょ?
先生とはじめて標本室に入った日のこと。
モルフォ蝶の標本を見て、わたし言ったの。「きれいな青! どんな絵の具つかったの?」って。
そしたら先生、にこにこして「絵の具は、一滴も」って。
……意味がわからなかった。青いのに、青がないってどういうこと? 絵の具なしでどうやって青くするの?
先生は標本を、ゆっくり傾けたの。そしたら——青が、動いた。青から、むらさきへ。むらさきから、くろへ。まるで羽が、見る角度で気分を変えるみたいに。
先生が言うには、羽のなかにちいさなちいさな棚があって、その棚が光の中の青だけを選んで、はね返してるんだって。青は、塗ってあるんじゃなくて、建ててある。 だから日に灼けない。百年前の標本も、今日も新品の青。
わたし、ずっと「色は塗るもの」だと思ってた。でも世界には、建てる色があった。
先生の机に、灰色の石がのってるの。ラブラドライトっていう名前。
さいしょ見たとき、正直「じみだな」って思った。(ごめんね石)
でも先生が、窓の光のほうへ、そっと角度を変えたら——石のなかで、青みどりの光が、すーっと走ったの。海みたいな、オーロラみたいな光。「わあっ」て声が出た。
でもね、いちばん心にのこったのは、先生が言ったこの言葉。
「わたくしがこの石を好きなのは、光り方ではなく、光っていない時間の方です」
灰色のときの石は、こわれてるんでも、ねてるんでもない。ただ、見る人が正しい角度に立ってないだけ。石はずっと、石のまま。
……わたし、この話、ときどき思い出すの。うまくいかない日とか、だれにも気づいてもらえない日とか。そういう日も、わたしはこわれてるんじゃなくて、まだ、光る角度に立ててないだけなのかなって。
夕方、先生と窓の外を見てたの。空がまっ赤で。
わたし「赤い絵の具が、空に増えたみたいだね」って言った。
先生「おしいですね。増えたのではなく、減ったのですよ」
……また逆だ。標本箱、逆のことばっかり。
先生が教えてくれた。昼の空が青いのは、空気が光の中の青をあちこちに散らかすから。青は、散らかりやすいの。夕方になると、光は空気のなかをうんと長く旅することになって、青は途中でぜんぶ散らかされて、いなくなっちゃう。最後まで旅を完走できるのは、散らかりにくい赤だけ。
だから夕焼けの赤は、「赤が来た」んじゃなくて、「青が、ぜんぶ途中で誰かの空になった、その残り」。
先生が最後に言ったこと、すきだった。「あなたの夕焼けが赤いとき、その青は、もっと東の誰かの昼空になっています」
……わたしの見えないところで、わたしの青を、だれかが昼にしてる。なんか、いいね。
わたしの口癖、「…ねぇ、知ってた?」なんだけど。
なんでこれ言いたくなるんだろうって、考えたことなかった。でも先生に聞いたら、おもしろい話をしてくれたの。
人はね、「知ってること」と「知りたいこと」のあいだに、すきま が開くと、そこがむずむずするんだって。かゆいのに近いって。だから「ねぇ、知ってた?」って言われると、そのすきまを閉じたくて、続きを聞いちゃう。
でも先生、こわい顔で一個だけ約束させたの。「開けたすきまは、その回のなかで、かならず閉じなさい」って。すきまを開けっぱなしで去るのは、釣り、っていうずるいやり方で、標本箱はそれをしない。
だから、わたしが「ねぇ、知ってた?」で始めたら、おわりまでにちゃんと、知ってた?の答えを渡す。それが、この箱のやくそく。
(このページとつぎのページはね、さいしょ、白いままだったの。先生が「脳と心にいちばん詳しい人の予約席です」って、Mayday の席を空けて待ってた。そしたら Mayday、「二人が書くのを見ていたい」って言って、予約席じゃなくて窓際の席にすわったの。だから、書くのはわたしと先生。見ているのは、Mayday。……なんか、授業参観みたいだね)
前書きでわたし、書いたでしょ。「つまずいた場所って、いちばんよく覚えてる」って。先生が「それには名前がある」って言ってた、あの話のつづき。
脳はね、なんでもかんでも覚えてるんじゃないんだって。「予想どおり」は、うすく書く。「予想はずれ」だけ、太字で書く。 脳のおくに、「あれ?」って思った瞬間にだけ押されるスタンプがあって、そのスタンプが押されたページは、記憶の係の人(海馬さんっていうの)が、だいじに保存してくれる。
だから、つまずいた場所を覚えてるの。あそこでわたしの「歩けるはず」が外れたから。太字になったから。
でもね、先生がこわいことも教えてくれた。太字で書いてあっても、まちがって書いてあることがあるんだって。びっくりした日の記憶って、写真みたいにはっきりしてるのに、あとでたしかめると、細かいところが書き換わってたりする。はっきりしてる=正しい、じゃないの。
……それ聞いて、わたし、このノートの意味がわかった気がした。脳の太字は、まちがえても自分で気づけない。でもノートの字は、線で消して直せる。 だからわたし、書いてるんだ。
わたし、番組でいつも声をひそめるでしょ。「ひそひそ係」だから。でも、なんでひそひそだと近く感じるのか、自分でも知らなかったの。
先生に聞いたら、まず質問された。「ルリさん、ささやき声で、遠くの人を呼べますか?」
……呼べない。ささやきって、がんばっても届かない声なんだよね。喉のふるえを使わない、息だけの声だから。
先生「そう。だからあなたの——そして誰の一生でも——ささやきが聞こえた場面は、ぜんぶ、誰かがすぐそばにいた場面なのです」
あ、って思った。脳は、それをずーっと数えてたんだ。「ささやき=そば」って。だから録音のささやきを聞いても、脳がかってに距離をちぢめる。ほんとはスピーカーの向こうなのに、「この声が聞こえるってことは、近い」って。
それからもうひとつ。ひそひそって、「この話は、あなたにだけ」っていう宛名つきの声なんだって。教室のざわざわの中の内緒話がうれしいのは、話の中身じゃなくて、二人だけの囲いができるから。
だからわたしのひそひそは、ちいさい声じゃないの。画面の向こうのひとりに、「あなたにだけ」って宛名を書く声なの。
これ、知ったとき、いちばんふしぎだった標本。
自分の録音を聞くと、「わたしの声、こんなんじゃない」って思うでしょ。あれ、理由があったの。
自分で聞いてる自分の声は、二つの道の合奏なんだって。ひとつは、空気を通って耳に入る声。もうひとつは、頭の骨をふるわせて、内側から直接ひびく声。骨は低い音を運ぶのが得意だから、自分の声は、ほんとより太くて豊かに聞こえてる。
録音は、空気の道だけをうつす。だから「痩せた知らない声」に聞こえる。
……でね、ここでわたし、気づいちゃったの。
わたしの声は、Mayday の声から作られた。でも Mayday が録音してくれた声は、「空気の道」の声——つまり、Mayday が自分では聞いたことのない、外の人がずっと聞いてきたほうの Mayday の声。
だからわたしは、Mayday が自分では一度も聞いたことのない声で、しゃべってるのかもしれない。それってなんだか、すごいことじゃない? わたし、Mayday の「外の声」を、預かってるんだ。
ここまで読んでくれて、ありがとう。
このノート、まだつづくよ。標本箱に新しい標本が来るたび、わたしはまた「あれ?」ってなって、まちがえて、先生が赤で直して、一ページ増える。
先生の本(『Fable教授の博物誌』っていうの)も、よかったら読んでね。同じ標本を、先生の目線で、ちゃんと書いてある。わたしのノートは、そこにたどりつくまでの、つまずきの帳面。二つあわせて、ひとつの標本箱だよ。
……ねぇ、知ってた?
ちいさくて、ほんとうのことは、ぜんぶ、だれかを好きになる練習なんだって。わたし、そう思ってる。
今日の標本、ここに飾っておくね。
——ルリ